2009年 08月 13日 ( 1 )
TAL046便 5周年
今日、我が家のワインセラーから、久しぶりに一本ワインを出しました。あっ、ワインセラーといっても、ベッドの下の冷暗所であります…ははは。最近、お酒を飲む回数が、めっきり減りましたが、今日はひとりで一本空けてしまいました。

b0186666_15424126.jpg

私事で恐縮ですが、8月13日で、ハワイ生活を始めて5年が経ちました。いよいよ、6年目に入ります。2004年8月13日に、カピオラニコミュニティーカレッジ(KCC)へ入学のために、日本を出国しました。どんな学生生活だったかを、すこ~しだけご紹介したいと思います。えっ?別にそげなこつ知りたくないって?まぁ、そげんこつ言わんで、付き合っちくりぃ。


2004年08月 ハワイ上陸/KCCへ入学 
最初は、単位のない、英語準備コースからのスタートでした。そこでは、英語の読み方、書き方、エッセイの書き方を学びました。この頃は、空を飛ぶなんて、夢にも思っていませんでした。

2004年12月 英語準備コース終了
特に問題なく、英語コースは終了しました。じい&ばあが、留学開始後、初めてハワイにやってきました。

2005年01月 いよいよ、単位制クラスへ!
KCCでの単位制の授業が始まりました。最初に取ったのは、美術と日本語のクラス…だったような記憶があります。日本語は、現地人が日本語を学ぶクラスに行き、チューターとして日本語を教えていました。これ、面白かったなぁ。

-中略-

2006年12月 KCC卒業
約2年間を経て、無事にKCCを卒業しました。ここでは、一般教養を学びました。ハワイ大学マノア校(4年制)へ編入後、専門科目へと移ります。

2007年01月 UHへ入学
意気揚々と、UHへ入学しました。政治学の専攻を決めました。KCCでの成績がまぁまぁだったので、奨学金のような制度を受けることが出来ました。この制度は、留学生価格の授業料(150万円近く/1年)が、現地人価格(約60万/1年)と同じになるというものでした。ただ、その制度を維持するには、UHに入学後、ある程度の成績を保たなければなりませんでした。これが大変だったのなんの…。

2007年05月 専攻変更
意気揚々と入学したのはいいものの、とあることに気づきます。そう、政治学は、ワタクシのおつむでは難しすぎたのです。なんとか、成績は維持したものの、「やりたいこととは違う!」ということで、専攻を変えます。アメリカの大学は、簡単に専攻を変えることが出来たりします。そしてワタクシが選んだのが、地理学でした。


その後、地理学にのめり込んでいきました。社会学の傘下にあるため、色んなことを幅広く勉強できました。2万人以上の生徒が在籍するキャンパスで、50数名という小さな学部でした。そして、その小さな学部で大分県民に遭遇…、おまけに飛行機が好きという、とんでもない偶然でした。


2008年02月 ブログ開始
ザ・ブログという名前で、飛行機やグルメについてのブログをはじめました。ここから、ハワイ生活が良い意味でガラリと変わります。ん?これは学生生活とは関係ないか…。

2008年12月 UH卒業
めでたく、ハワイ大学を卒業しました。ラストスパートは学校に泊り込みながら、なんとか卒業できました。卒業式で、アメリカ国歌が流れたときは、「あ~、アメリカの学校を卒業したんや。」と感極まりました。内定を頂いていた某社での就職を白紙にし、どんな道を選ぼうか途方に暮れます。そして僕は途方に暮れる…であります。

2009年01月 飛行機へ…
やはり、飛行機への夢は諦め切れません。そこで、ハワイで出逢った、大分出身の飛行機師匠のエミさんを頼りに、フライトスクール探しを始めます。

2009年02月 フライトスクール決定&日本帰省
フライトスクールが決定し、ビザ取得のため、日本へ帰ります。

2009年04月~現在
飛びます、飛びます。


ハワイでの学生生活に焦点を当て、今までの軌跡を振り返ってみました。読み返してみたら、あんまり面白くなかったですね…ははは(涙)。


振り返ってみると、「長かった」という感覚は全くなく、あっという間でした。思い返してみれば、この5年間、本当にたくさんの事がありました。家族をはじめ、たくさんの方々にお世話になりながら、ここまでやってくることが出来ました。これから、どんな道を歩むかは、さっぱり分かりませんが、精一杯生きてまいります。本当にありがとうございました、そして、これからも宜しくお願いいたします。
[PR]
by TAROAIR | 2009-08-13 15:30 | TAL 運航本部