2010年 02月 28日 ( 1 )
TAL154便 津波/機長動静
すでに報道されていますように、チリで起きた大地震による津波が、環太平洋の広いエリアで影響しております。ハワイでも午前6時ごろ、街中にサイレンが響き渡り、メディアも予定を変更して津波の最新情報を取り扱っていました。TALでも、TAL災害対策本部を設置、いざという時に備えました。では、その機長動静をダイジェストで紹介させて頂きます。

時間はハワイ標準時(UTC-10HRS)

600amごろ
街中にサイレンが響き渡る。その音で、予定よりも早く起床。TVとラジオ(日本語KZOO)で何が起きているのかをチェック。携帯には教官からもメールがあり、午前11時ごろにハワイに津波が到達するということを知る。


630amごろ
アジトがあるカパフル通りに、海から水がスーッと流れてくる画を想像。漂流に備え、パスポート等の重要書類を準備をする。避難マップを参照すると、アジトのエリアは、「vertical evacuation」とあった。つまり、建物の上の階に避難するということ。コンクリートもしくは鉄筋の建物であれば、3階以上に避難するということなので、自宅待機を決定。


645amごろ
大体の情報、状況を把握。前夜、「あたしンち」の見過ぎで夜更かしをしていたため、眠気がピークになる。以下の点が頭をよぎった。

・冷蔵庫の中はほとんど空
・飲料水は問題なし、バスタブにも水を張る
・パンが3つある、半分ずつ食べれば6つか
・最悪の場合、ピーナッツバターを舐めればどうにかなる
・えせワインセラーには赤ワインとスパークリングワインがある
・人より多めに体内貯蓄分の栄養があるだろう
・少しの間、水だけでしのげば、体内環境リセットになるのか?

と思い、数日間はこのままで大丈夫という予想を立てる。「おれが起きてても、津波を止めることはできん。」と考え、TVを付けたまま再び就寝。


900amごろ
再び動き出す。寝たり起きたりだったので、あまりよく眠れなかったが、眠気はなくなった。3つあるうちのパンのひとつを半分食べる。インターネットやらラジオ、TVをひたすら見る。在ホノルル日本総領事館からも、お知らせメールが届く。津波が最初に到達するハワイ島のヒロでは、空港が閉鎖。ホノルル空港が浸水したらどうなるんやろ…と考える。


1000amごろ
カラカウア通り封鎖。ゴーストタウンと化す。がしかし、ワイキキビーチで泳いでいる大バカたれがいるとTVで流れる。また、ダイヤモンドヘッドロードやタンタラスでは多数の人間がワイキキを見物。不謹慎だと腹が立つ。ラジオでは日本航空ホノルル支店長が出演。日本航空を含む、ほとんどの航空会社は通常通りのオペレーションということ。


1100amごろ
大分のTALジャパン本部に連絡。スカイプで回線を接続。


130pmごろ
津波警報解除。大きな被害はないようで、津波も小さなものであった。空腹だったので、余っていたパンを全て平らげる。


230pmごろ
勉強しようと準備したものの、最近のハードスケジュールで疲れていたので、また寝る。


600pmごろ
寝過ぎたと反省し、起床。


630pmごろ
再び空腹…テディーズへ駆け込む。10オンスのダブルバーガーをドカ食いする。


800pmごろ
かまえ号物資調達臨時便の運航を決定。「備えあれば憂いなし」と思い、ドンキホーテへ買い物に行く。ずっと買い忘れていた「トイレにドボン」的なタブレットと、数日分の通常食料の調達も行う。非常食用にビスコを買いだめしようと目論むが、今日は売っていなかった。チョコレート(もちろん明治)、ポテトチップス、あんこを非常食用として買う。


900pmごろ
ドンキホーテは人が少なめでゆっくり買い物ができた。かまえ号、ドンキを離陸。メインストリートであるカラカウア通りは、通常通りの活気を取り戻していた。15分ほどでアジトに到着。


という一日でした。日本でも津波の警報が出ているようですね。くれぐれもお気を付け下さい。また、チリ大地震では犠牲者の数が増えているようです。被害にあわれた方のご冥福をお祈りするとともに、一日も早い復興をお祈りしております。
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by TAROAIR | 2010-02-28 17:00 | TAL 運航本部